失業の伝え方

体育館の裏、なんて漫画や小説で言うだけで、実際にそこで上級生から金をせびられている生徒がいるかなんて知らないし、僕には関係ない。金をせびられそうになったら、中指を立てて「ファッキン!」と叫びながら一目散に逃げるだけだ。


僕に関係あるのは、ロボットが登場するゲーム。筋金のロボットアニメのファンである僕はロボットが出てくるゲームならなんでも買う。そして、買ったゲームの大半はちょっと遊んだだけで中古屋に売り、残りのごくわすかのゲームに連夜、父さんが残業して帰ってくる深夜まで熱中する。そして、次の日の学校の授業では爆睡。先生には目をつけられている、と思う。


母親はいない。僕がものごころつく前に若くしてガンで亡くなってしまった。炊事・洗濯は中学生の僕がやる。父さんは残業で忙しい。どんな仕事をやっているのか知らないけど、不動産業だってことは知っている。


その日も遅くまでゲームをしていた。「桃太郎献血」というテレビゲームに熱中していた。ロボットに乗って全国各地を献血して回るという慈悲深いテレビゲームである。どこにロボットに乗る必然性があるのかは誰にもわからない。


深夜0時を過ぎた頃だったろうか、家のインターホンが鳴る。父さんだと思って受話器を取ったら、確かに父さんだったが、知らない人達の声もした。父さんが「この人達、父さんの会社の仲間なんだけど、終電逃しちゃったんだよ。今夜だけ特別に泊めてあげることにしたんだ」といつもよりも上ずった声で言う。酒に酔っているのか?


家に上がり込んできたのは、父親、若めの男性、父親より少し年を取って見える中年男性(この人はネクタイを頭に巻いて完全に出来上がっている)、えらく美人な篠田麻理子似の女性。その美人は周りから「姫」と呼ばれていた。


「姫、今夜もあの儀式をしましょうか!」


中年男性が言うと、若めの男性が答える。


「いやいや、高橋さんのお子さんもいることですし、僕たちは泊めてもらう側ですよ」


おじさん達が言うことも、その後、父さんが意気揚々と放った一言も僕をひどく混乱させた。


「息子にも普段俺らがやっていることを知ってもらった方がいいかもな」


ええっ!? 儀式って何? 普段、父さんがしていることって、不動産の仕事じゃなかったの? なにこれ、なにこれ。怪しい宗教の類?


「仕方がないわね。それじゃあ始めるわ」


そう言って「姫」は、先に白い紙切れのついた棒を振りかざし、何やら念仏を唱え始めた。


「エロエロエッサイム、エロエロエッサイム…」


その直後だった! 中年男性が「ボワーン!」と叫んで腹芸を始めたのは!


「ラブ、ラブ、ラブずっきゅん♪」


中年男性が声を大にして歌う。僕以外の皆が、負けじと「ラブずっキュン」を合唱し始める。


中年男性の腹には、マジックで簡単な顔と、その下に「高橋課長、ラブ(はあと)」と書かれていた。メタボなお腹をタプタプと揺らしながら踊り続ける。その腹芸は翌日の朝まで続いた。僕はただ呆然と見ているしかなかった。


翌日の早朝、他の大人たちが家を出て行った後に父さんはポツリとつぶやいた。


「父さんは倒産したんだよ」



そんな親父ギャグ、いまどき流行らないよ。僕は昨夜からのことを見なかったことにして、学校に向かった。後日、「話がある」と改まった顔つきで言う父さんから話を聞いたところ、本当に父さんの会社は倒産したらしい。